多数決は民意か? ~多数決を疑う~

政治だけでなく、あらゆる組織や集団の意思決定によく使われる多数決ですが、「多数決で決める」ということの意味を深く考えたことはなかった。本書は多数決を含む意見集約ルールについて、数学的視点から問題点を浮き彫りにしている。多数決の特徴や問題点を理解していると、工夫をすれば結果すら変えることができる。そして、多数意見をより適切に集約させるには、多数決にはこだわらないほうが良さそうである。

本書のタイトルには「多数決」という言葉が使われているが、実際は意見集約ルールを数学的視点から解説した本であり、多数決はその1つにすぎない。しかし、最もシンプルで良く使われ、かつ問題の多い多数決には時間を割いて解説をしている。選択肢が2つの時は問題ないが、3つ以上となると「表割れ」という問題が起きてくる。例えば定数1名の選挙区で、J党2名、M党1名立候補してしまうと、J党の票が割れてしまい、J党に投票した割合が高くても、M党の候補が当選してしまうという現象だ。だから各党は立候補者が複数出ないよう、調整するんですね。M党の立場から考えると、J党と支持層が似通った政党をそそのかして立候補させると、自分が当選する確率が高くなります。

多数決以外のルールでは、1位を3点、2位を2点、3位を1点をするボルダルール、統計処理等が含まれているコンドルセ・ヤングの最尤法などが出てくる。少なくとも多数決よりは優れた方法であるが、数学的に適切な方法になるほど複雑になり、直感的には分かりにくい。なかなかいい方法がないもんだ。

意見集約ルールについてはとても分かりやすく書かれているのですが、実は民主主義そのものにも触れている。民主主義というものは、分かるようで分かりにくい概念で、その類の本を読んでも、さっぱり分からない。本書は、民主主義が本題でないからこそ、端的な説明が本質を突いている。まずはまえがきの一文です。

伝統や権威、宗教や君主に任せるのではなく、自分たちで自分たちのことを決めてみせよう。どうせ決定は拘束を生み出すのならば、その決定自体は自分たちにしてみせよう。民主制には多様な制度形態があれども、その基本理念は、およそこのようなものである。

第5章の「民主的ルートの強化」では、国家の民主的ルールが、果たして主権者の国民の意見を反映しているのか、を問いかけている。特に道路等の公共事業では、住民が反対運動をしても覆らない、住民投票をしてもそれが直接の決定には結びつかない、などの問題がある。ここでは民意をできるだけ反映させるための「クラークメカニズム」という手法が紹介されているが、評価をお金で換算する方法なので、人によっては違和感があるだろう。より適切な方法を探すと、どうしても複雑になってしまう。

個人が政治的な意思決定するのは、選挙か、せいぜい住民投票くらいで、ルールへの介入は難しい。しかし、自分の所属する組織での意見集約ルールには介入できる余地が十分ある。例えば歓迎会の店を決める時、肉料理が3店、海鮮料理が1点候補が挙がっているとする。これを多数決で決めてしまうと、肉好きが多くても海鮮料理店が選べれる可能性がある。ではこの場合、多数決でなくボルダルールを採用するか、まずは肉料理か海鮮料理かの2択で多数決を取り、決まった料理分野で再度多数決を取る、などの方法が考えられる。組織内で起こる日々の意思決定には、十分役に立つ本である。