有用な記録とは何かを考えさせられる ~本能寺の変 431年目の真実~

地元の亀岡では5月に、戦国時代に城主だった明智光秀を祝う「亀岡春祭り」が開催される。亀岡市民は明智光秀には悪い感情を持っていないが、世間的には「戦国時代の裏切り者」「下剋上の代表」として認知されている。その一般的な定説に一石を投じたのが本書である。明智光秀がなぜ謀反を起こしたのかも気になるが、それよりも過去の記録のどれが信用できるのか、判断しながら情報を選択していく過程が非常に面白かった。記録としての有用性を高めるためには、おもしろおかしくより、「気持ちを込めず淡々と」がよろしい。

【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)

【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)

本書は、明智光秀の子孫である著者が、本能寺の変の定説について疑問を持ち、本業の傍らこつこつと過去の資料を調べたものである。そして過去の資料から現在の定説を否定し、謀反に至った理由を考察している。でも、過去の記録って、書かれていることが本当かどうかなんて、厳密には分からない。しかも今回焦点を当てているが、謀反の「動機」である。現在でも、事件が起こった場合、物証から犯人が特定されても、その動機を特定するのは難しい。本人が自白したとしても、それが本心かどうかなんてわからない。その最も難しい部分を探ろうとしている。

しかしながら、その人の生い立ちや周りの状況などの事実を積み上げていくと、より確率の高い推測はできるだろう。問題はその事実についても、昔すぎるので当事者に聞けず、物証すらなく、文章に頼るしかない。そこで重要になってくるのが、「文章の書き方」となる。戦国時代の読み物としては「太閤記」が有名であるが、これは物語であり、おもしろおかしくするために、架空の内容も混じっており、歴史上の事実を確認する資料としては、信頼性は低い。一方、信長の側近である太田牛一の記した「信長公記」は信長の行動を、淡々と記しているだけで、読みものとしては面白くもなんともない。だからこそ脚色が少ないと思われ、資料としての価値は高い。この記録にしても、虚偽がないかは実際分からないが、確率的には虚偽の可能性は低い、と推測される。結局は事実の確立が高いかどうかでしか判断できない。でも、確率の高い資料に同一の高い内容が書かれていれば、より確率は高くなる。結局は確率が高いかどうかである。

太閤記の元となったのが、本能寺の変の報告書である「惟任退治記」と言われているが、これは秀吉が書かせた事件に関するサマリーのようなもので、おそらく関係する事実等はかなり省略されているのでしょう。リハビリテーションの仕事をしている中で、対象者が転院される時にサマリーを書くことは多いが、あくまでも要約であって、診療記録に記載された内容をそのまま書くのではない。要約する時には、書き手のフィルターによって情報が選択され表現が変えられるため、書き手の思いが多分に入ってしまう。対象者が何を行っていたか、正確な事実確認をするには、サマリーよりも診療記録の方が情報の有用性は高い。だから日常に淡々と描かれた「信長公記」が良かったのだろう。また、「惟任退治記」では、光秀が天下取りの野望を示す証拠として、光秀の詠んだ「時は今あめが下しる五月かな」という句についても徹底的に調査している。すごいのは、句を詠んだ日付が改ざんされていると疑い、別の資料からその日の天気まで調べあげている。記された日付には、他の記録からは雨が降ってないので、無理がある、と結論づけた。よくここまで調べたものだ。

amazonのレビューでは、本書の説に対し否定的なレビューも多いが、これだけ事実を積み上げた上での推論に対し、それに見合った反論はほとんどない。本書の説が真実はどうかは分からないが、これを否定できるだけの情報の積み上げはそう簡単にできるものではない。本書の推論を否定するとしたら、どれだけの情報を確認すればいいのかと気が遠くなってしまう。周到に情報を積み上げた本書だからこそ、これを否定・批判するためには、その人の力量が問われるし、その内容で力量が図れると思います。