読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

心に留めておきたい一冊

書評 作業療法

 臨床では、「対象者の立場になって考えることが大事」と言うものの、実際は同じ立場に立てない以上、推測することしかできない。だからこそ、対象者の言葉を真摯に受け止めることが、気持ちを知るために最も大事なことだと思っている。
 著者の関先生は言語聴覚士であり、さらに高次脳機能障害の専門家でもある。その先生が脳梗塞となり、その経過を克明に綴った本書は、他の当事者の手記にはない専門家としての視点が加わった貴重な本である。関先生への敬意を込めて、拝読させていただきました。

まさか、この私が: 脳卒中からの生還

まさか、この私が: 脳卒中からの生還

 まず驚いたのは、発症直後の出来事を結構よく覚えておられることです。小梗塞ならまだしも、右の中大脳動脈と一部前大脳動脈に梗塞を起こしているにもかかわらず、です。私も脳外科の急性期病院で勤務していたことがありますが、脳梗塞の初期治療は時間的制約のある中でいろいろ行うことがあり、バタバタしたものです。それは仕方ないにしろ、何をされるか分からない状態というのは、かなりストレスフルなんですね。対象者が話が分かる(反応が返ってくる)かどうかではなく、状況ごとにちゃんと説明することの大切さが、本書を通じて強く伝わってきました。リハビリも同様で、最初にリハビリに行く時、「今日からリハビリ始めます」ではなく、リハビリとはどういうものであり、そして(私は作業療法士なので)作業療法がどのようなもので、どのような流れで行うかも、相手の状況にもよりますが説明できるのなら説明すべきでしょう。回復期の転院した時も、対象者は、リハビリ以前に生活の状況がかなり変わります。急性期では介助してもらっていたことも、回復期ではいきなり自分で行うように言われたりする。その状況は、セラピストは知っておいたほうがいいのだろう。作業療法士であれば、先のことを考えながらも、対象者が抱えている目の前の問題にも目を向けないといけない。「昨日、入院されてきて生活環境もかなり変わりましたが、この1日で何か困られたことはありましたか」なんて一言はあってもいいだろう。

 そして本書を最期まで読み、意外と気づかなかったのが、右上肢の麻痺がかなり重度であったことです。3年ほど前のOT全国学会(埼玉)で先生にはお会いしたのですが、その時はもうアクティブに動かれていたので、それほどの重度の麻痺が残っているとは気づきませんでした。でも、先生が上肢のリハについてもっと何とかしてほしいと強く訴えていたのは覚えています。本書を読んで、なぜそれほど強く言われていたのか、やっと理解しました。上肢の麻痺に対するリハビリは、本当に難しい。運動機能(動き)の改善も大変だが、それ以上に身体感覚として戻ってこず、「人の手」のような感覚のままの人も結構いるだろう。先生は「クレーンゲームのよう」と表現されてましたが、これは絶妙な表現ですね。動くんだけど、今までと違う何か別のものを操作しているような感覚。ここを取り戻すことって上肢のリハビリには大事なことだと思うんです。麻痺の改善にセラピストとしてこだわるつもりはないし、他の手段を使ってでも、意味のある作業の実現を目指したほうがいい場合もあると思います。実際、先生は自助具を使ったりなどいろいろ工夫をされて自分に必要な作業を獲得されています。それでも上肢の身体感覚って大事だと思うんです。う~ん、ここはうまく表現できないな。

 ついには、10か月という短期間で先生は復職を果たされましたが、最終的には退職をされるという結果になりました。「残念」という思いもありますが、復職の選択肢がないままあきらめるよりも、復職をした上で自分で退職を選択できた状況というのは、前向きに考えられる、いい結果だったのではないか、と勝手に思っています。退職後も、あちらこちらで講義をされているという話を聞き、「病前よりも忙しいのでは」と心配になることもあります。先生は、自分の状況を「運命」ととらえ、さらに自分でしかできないことを使命として行動されているのが、今の多忙な状況につながっているのでしょう。先生にしか書けない本書を、そして医療やリハビリを受ける人が感じているだろうことを、本書を通じてしっかりと受け止めたいと思います。

 最後に、「再起不能説」を超えて10か月で復職できた要因として、先生は以下の10項目を挙げておられます。

  1. 目撃されやすい発症の状況
  2. 急性期におけるr-tPA治療の成功
  3. 急性期における専門家集団の強力な支援
  4. 私の専門的知識と経験
  5. 各時期における適切なリハビリテーション
  6. 発症当初からの復帰への強い意志
  7. 「夜中の特訓」
  8. 家族の理解と協力
  9. 認知的予備力

 神戸で急性期医療に関わっている立場から、1点だけ追加したいことがあります。急性期での治療の中で、r-tPA治療を受け成功したことは一番大きな要因と私も思います。しかし、この治療は発症後3時間以内に開始する必要性が高く、逆算すれば発症2時間以内に治療の行える病院へ運ばれることが重要です。本書の中で、救急隊が最初から脳卒中を強く疑っており、おそらくホットラインで治療できる病院へ直接電話しているのでしょう。これは簡単に見えますが、かなり大変なことです。日本でr-tPAが認可されたのが2005年です。それ以降、時間との戦いとなる脳卒中(特に脳梗塞)急性期治療をちゃんと受けられるようにするため、神戸では病院だけでなく救急隊も含めて体制を整えてきたのだと思います。救急隊の迅速な判断、対応があったからこそ、治療の受けられる病院に早く入れたのでは、と思います。(1)と(2)の間に、「救急隊の迅速な判断、対応」を入れていただければ、嬉しく思います。